ヴァスコ・ダ・ガマ

ヴァスコ・ダ・ガマ(Vasco da Gama)は、ヨーロッパ人として初めて喜望峰廻りの海路でインド到達に成功した、大航海時代の冒険家である。インド南西のカリカットに到達すると、双方との取引をなんとか取り付け、貿易許可状を与えられる。3ヶ月後、帰路につくが食料品の不足のため壊血病になる者が続出し、船員の約半分が病死してしまった。ヴァスコ・ダ・ガマの兄もそのうちの1人であった。苦しい航海の末、9月になんとか帰国。その後、「インド洋提督」の称号を得て再びインドへ20隻の船団を率いて航海へ出る。ヴァスコ・ダ・ガマのインド洋航路の開拓は、ヨーロッパ諸国の勢力圏を大幅に拡大させることに繋がった。しかし、ヴァスコ・ダ・ガマは1524年に、3度目の航海に出るが、マラリアに感染しクリスマスイブに死去。ブラジル・リオデジャネイロを本拠地とするサッカークラブに「C.R.ヴァスコ・ダ・ガマ」があるが、名前の由来はこの冒険家ヴァスコ・ダ・ガマからきている。