フランク王国
フランク王国は、5世紀末にゲルマン民族の一部族であったフランクにより、建国された王国である。ゲルマン系諸族が大量の移住を行い、フランク族は3世紀の間、中部ヨーロッパで勢力を保ち続け、建国の礎となった。フランス北部とベルギーに勢力を有したことで、西ヨーロッパで最大の国力をもつこととなった。800年のクリスマスに、ローマ教皇よりカール大帝は西ローマ帝国皇帝の称号を得たのだ。また、フランク人の伝統に即し、分割相続するよう遺言を残す。843年にフランク王国の王の死後、王国を3分割して相続することを定めた「ヴェルダン条約」が結ばれ、フランク王国は東、中、西の3つ(東フランク王国、中部フランク、西フランク王国)に分割された。この3つの国が、ドイツ、イタリア、フランスの起源となるのであった。しかし、家系の消滅や王権の衰退により、911年に東フランク王国、950年頃に中フランク王国、987年に西フランク王国が途絶えてしまった。