ジョゼフ・フーシェ

ジョゼフ・フーシェ(オトラント公ジョゼフ・フーシェ/Joseph Fouché, duc d'Otranto)革命期フランスの政治家である。1759年に船乗りの家に生まれるが、虚弱体質だったので神学校へ進学する。そして、僧侶をしながら教会所属の学校の教師になる。しかし、教会を否定し国民公会の議員になるのであった。山岳派に所属して国王ルイ16世の処刑に賛成。これによりジロンド派追放から免れるが、国王殺しに票を投じた罪が後に尾を引くことになるのであった。その後、情報収集能力の高さを評価されて警視総監を務め、警察大臣にまで成り上がる。ナポレオンに協力したことで統領政府でも警察大臣となった。1800年のナポレオン暗殺未遂事件で疑われるもジャコバン派出身と云う事で罷免される。タレイランらとともに王政復古を策謀してナポレオンを裏切るのである。しかし、国王ルイ16世の処刑に賛成していた前科のせいで、ルイ16世の娘であるマリー・テレーズにより辞任に追い込まれ、フランス亡命を余儀なくされた。