ミラノ勅令

ミラノ勅令は、ローマ帝国皇帝コンスタンティヌス1世とリキニウスが連名で発布した勅令である。ミラノで会談し、発布することを決めたことでこの名前になった。この勅令は、キリスト教を始めとする全ての宗教の完全なる信仰の自由を保障するものであった。それまで、ローマ帝国の皇帝であったディオクレティアヌス帝はキリスト教徒を迫害したが、東方正帝ガレリウスが寛容令を出したのに影響され、コンスタンティヌス1世は帝国統治にキリスト教を利用する目的もあり、他の宗教と共にこれを公認すべく、ミラノ勅令を発令したのである。その後、キリスト教の宗教会議で異端判断の最高機関でもあったニカイア公会議を開催する。この会議はキリスト論や三位一体論の解釈の違いにより、異端とみなされて排斥される者も現れたのである。その判断はそれぞれ、その地方の教会で会議が行われて決められていたが、その判断も難しいと考えられるようになり、統一の審議の場を作ったのである。この会議には司教の他に司祭や信徒など数百名の参加者によって開かれた。