光武帝
光武帝は、は後漢王朝の創始者で初代皇帝である。平凡な宗族の一人であったが、王莽(おうもう)を滅ぼし、25年帝位について漢朝を復興させた。洛陽を最初に都城と定めたのも光武帝で、長安陥落後も洛陽をそのまま都城とした。また、奴隷を解放して自由民を増加させることで農村の生産性を向上させようとした。そのことで飢饉や、食料輸送の問題を緩和した。その政治方針は完全に庶民の立場に立ったもので、刑を罰する前に兵士との信頼関係を結ぶなど、家臣の扱いも適切でまさしく将の将たる人物であり、信頼され慕われていたことで戦にも勝つことが出来たのであろう。また、家臣や民間人にまで文句を言われても笑って許すほど寛大な心の持ち主であった。酒は好まないが宴の場を好み、たびたび家臣などを集めては大騒ぎしたと言う。しかし戦場では、自ら剣を奮い最先頭に立って戦う勇士であった。史記や三国志に相当する文献がないことから、日本ではあまり知られていない。